ペットの葬儀
① キリスト教
愛犬や愛猫(ペット)は「天国」に行けないのか?
キリスト教は、人間を救うための宗教です。
動物には神と交流する「霊力」はなく、また動物は人間のために神により造られたものであるとされています。
仏教では食物になる動物そのものの供養をすることがありますが、
キリスト教では日々の糧を与えてくれる神へ食事の前に感謝をしています。
そしてなによりも動物については、「救い」の記述はないとのことです。
さらにイエスを「信じる者」だけが、救われるとの考え方が根本にあります。
イエスを信じる(或いは主の救いを信じる)ことができる人間は天国に入れるが、
神に祈ることができない動物は、死ねば土に帰ると考えられています。

現在では、人権意識が高まり、それとともに地球を守ろう、自然を大切にしよう、
環境を保全しよう、動物を愛護しようとの意識も広まっています。
神父さんの中には、ペットの犬も猫も天国に入れると解釈する方もいらっしゃり、
意見は分かれているようです。
飼い主である信者さんの心をなぐさめるに、
「犬には犬の天国があり、猫には猫の天国がある」とのお話をされる
神父さんもいらっしゃるようです。
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② 仏教
愛犬や愛猫(ペット)は「浄土」に行けないのか?
仏教では 一切衆生悉有仏性として
「全ての生きとし生けるものには魂(仏性)がある」としそれによって犬や猫(動物)にも
「救い」があるとされています。
しかし犬や猫(動物)には「救い」はあっても、動物は(極楽)浄土には行けないようです。

現在ではあまり聞かれない表現に「畜生」という表現があります。
人間以外の動物など生き物をさす言葉ですが、昔は悪態をつく表現でした。
人間も生前に悪事(動物虐待など)を重ねると「畜生」道に落ちるとされて
います。 そして動物は死ぬと、「畜生」道に行くとされています。
動物は本来、弱肉強食の世界にいて本能のみで生きており、知性(?)が
ないため、「仏の教えを得ることができない」ため、(極楽)浄土には
いくことができないとされているからです。
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しかしお寺の境内の墓地でもペットのお墓を見かけます。
また家墓(個人墓)である「〇〇家の墓」の隣に「〇〇家愛猫の墓」などもあります。
「裘塚」というかなり古い合同墓もあります。「裘」は皮衣のことで
動物をさしています。 お寺のことですので、これらは住職の考えで
許可され、つくられたものと思われます。

お寺ですので、塔婆を立てて供養のお経も上げていただけます。
その塔婆には、〇〇家愛犬(猫)〇〇号之霊としるされています。
「号」は、人間以外のものの正式名称に付けるようです。
親しみを込めて「忠犬ハチ公」の「公」を付けることもあります。
もちろん戒名はありません。
ペットが(極楽)浄土へ行くかどうかは、飼い主である方が
どのように思い、どのように考え、どのように感謝したいかによってよいと思います。


